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東京都新宿区の歴史
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所在地 新宿区歌舞伎町2-17-5

 稲荷鬼王神社

新宿山ノ手七福神
 恵比寿神

宇賀能御魂命うがのみたまのみこと(新宿の厄除け稲荷)〔お稲荷様〕
 生成発展・商売繁昌・家内安全・子孫繁栄・福招きの神様

月夜見命つきよみのみこと〔鬼王様(全国一社福授け)〕
 人の運勢を司どりツキを与えてくれる神様

大物主命おおものぬしのみこと(別名「大黒天」とも呼ばれています)
 商売繁昌・心願成就・病気平癒・身体健全・縁結びの神様

天手力男命あまのたじからおのみこと
 開運 武運長久の神様



 「鬼」というと私達はとかく悪いイメージをもちがちですが、古来、「鬼」は神であり「力」の象徴でもありました。又、「鬼は悪魔を祓う」といわれ、すべての災禍を祓う力があります。その為、鬼を祀ったり、鬼の名のつく社寺は全国に幾つもあります。しかし、その「鬼」の王様という意になる「鬼王」という名のある社寺は全国で当社のみです。この為、江戸時代は近在の農家の人達だけでなく、江戸から武士や商人、職人と多くの人が参拝にまいりました。現在では地図でみる新宿の中央にある唯一の神社としても注目を集め、全国から当社の御神徳を得ようとする方々が詣られております。扠この全国一社福授けの稲荷鬼王神社の由緒は左記の通りです。
 古来より大久保村の聖地とされたこの地に承応2年(1653)、当所の氏神として稲荷神社が建てられました。宝暦2年(1752)紀州熊野より鬼王権現(月夜見命・大物主命・天手力男命)を当地の百姓田中清右衛門が旅先での病気平癒への感謝から勧請し、天保2年(1831)稲荷神社と合祀し、稲荷鬼王神社となりました。それ故、当社の社紋は稲荷紋と巴紋の二つがあるのです。紀州熊野に於いて鬼王権現は現存せず、当社はそれ故、全国一社福授けの御名があります。この鬼王権現は、湿疹・腫物を初め諸病一切に豆腐を献納し、治るまで本人或いは代理の者が豆腐を断ち、当社で授与される「撫で守り」で患部を祈りつつ撫でれば必ず平癒するといわれ明治15年(1882)頃まで社前の豆腐商数件がこの豆腐のみにて日々の家計を営んでいたといわれたほどでした。今日でも広く信仰されています。この信仰について江戸時代の『新編武蔵風土記』だけでなく、時代は下って文豪、永井荷風も書き記しております。尚、当社では『鬼王様』の御名に因み、節分時鬼を春の神として『福は内、鬼は内』を唱えます。

  追記
 明治時代に旧大久保村に散在していた、火の神である火産霊神の祠や、盗難除けの神などの大久保村の土俗の神々が合祀されました。大祭は9月18日で、御輿はその前後の日曜・祝日に出御します。この宮御輿は鬼面の彫られた珍しいお御輿です。

  追記
 江戸時代に既に特異な『鬼王』という名の神社を勧請するのに地元に抵抗感が無かったのは、この土地がー文書では残っていませんがー平将門公(幼名・鬼王丸)に所縁があったのではないかとも言われています。



   境内特殊建造物・その他
 
 水盥台石(表鳥居左側) 
通称「力様」(リキサマ)。鬼形のこの水盥石は、相撲の力士が四股を踏んで病や苦しみを人に与える邪鬼を追い払ってる姿です。伝説は次の通り。『伝へ云う。この盥石もと加賀美某の庭内なる池汀にあり。文政3年(1820)の頃その処を更へした奇異を現わし、連夜庭内にて水浴の音を発す。加賀美某大に怪しみ一夜家宝の名刀を抜いて、これを斫れり。その後奇変熄みたるも家人病災頻りなるより、恐怖の念を生じ、天保4年(1833)、盥石斬りたる宝刀(鬼切丸と称す)と共に盥石を当社に寄進せりという。今も鬼形の肩辺に刀痕あり。賽者盥水をこれに注ぐと熱病又子供の夜泣き等は忽に平癒すると云い伝えられ、今に至るも信者頗多し。因に鬼切丸は翌天保5年(1834)盗み去られて今、その所在地を知らずとぞ。』
 
 稲荷鬼王神社霊泉
古来よりこの地にわくこの泉を、昭和3年(1928)につくられた井戸(水盥石の隣)は、現在もたえる事なく汲み上げています。

 泰平寺
江戸時代、神仏習合の時代に稲荷鬼王神社では当山脈修験青山風閣寺の末寺で、不動明王を祀る三宝山大乗院泰平寺というお寺があり、代々稲荷鬼王神社社家大久保家にて奉仕していましたが、明治の初め還俗して廃寺となりました。
  
 大久保家
当神社社家大久保家は新宿の有数の古い社家であり、昔大久保村といわれた地域の神社やお寺の多くは、大久保家が代々神職や別当職として奉仕していました。こお大久保村の「大久保」という字は、本来大きい窪地という意だったのが、当社家大久保家の名をとったという伝承があります。江戸時代、内藤家内藤新宿の領主)の信任も厚く、病気平癒等、祈祷を行なったと伝えられています。

 稲荷鬼王神社には『鬼王神社の水鉢』、『恵比寿神社(三島神社)』、『狛犬』、『浅間神社』、『天水琴』があります。
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