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東京都新宿区の歴史
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所在地 新宿区早稲田鶴巻町568

 元赤城神社



 元赤城神社には『田島森碑』、『「神崎の牛牧」説明板』があります。

 
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所在地 新宿区早稲田鶴巻町568 (元赤城神社)

 「神崎の牛牧」説明板
 文武天皇(701~704)の時代、現在の東京都心には国営の牧場が何か所もありました。
 大宝元年(701)、大宝律令で全国に国営の牛馬を育てる牧場(官牧)が39ヶ所と、皇室の牛馬を潤沢にするため天皇の意思により32ヶ所の牧場(勅旨牧)が設置されましたが、ここ元赤城神社一帯にも官牧の牛牧が設けられました。このような事から、早稲田から戸山にかけた一帯は、牛の放牧場でしたので、「牛が多く集まる」と言う意味の牛込と呼ばれるようになりました。
 牛牧には乳牛院という牛舎が設置されて、一定期間乳牛を床板の上で飼育し、乳の出が悪くなった老牛や病気にかかったものを淘汰していました。
 時代は変わり江戸時代、徳川綱吉の逝去で「生類憐みの令」が解かれたり、ペーリー来航で「鎖国令」が解けた事などから、欧米の文化が流れ込み、牛乳の需要が増え、明治19年(1886)の東京府牛乳搾乳販売業組合の資料によると、牛込区の新小川町、神楽坂、白銀町、箪笥町、矢来町、若松町、市ヶ谷加賀町、市ヶ谷仲之町、市ヶ谷本村町と、牛込にはたくさんの乳牛が飼われていました。
 平成9年度JA東京グループ
 農業協同組合法施行50周年記念事業

    THE AGRICULTUREOF EDO&TOKYO
        Kanzaki Dairy Farm
 In the era of the Emperor Monmu(701-704),government-operated stock farms were established here and there in the center of the present metropolis.The area from Waseda to Toyama thronged with roaming cows and,therefore,called "Ushigome" (cow throngs).The area of this shrine was also cow ranches.
 In the dairy farm,there was established a dispensary where cows were reared on the floor for a period and unproductive old cows or sick cows were sorted out.



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