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東京都新宿区の歴史
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所在地 新宿区袋町15

浄土宗
 樹王山 正覚院 光照寺こうしょうじ

 浄土宗、増上寺の末寺で正保2年(1645)に神田から移転した。この付近は、牛込氏の城跡(新宿区登録文化財)であったといわれ、また、旅先で死亡した人々のために造立した、諸国旅人供養碑(新宿区登録文化財)があります。
 境内には『諸国旅人供養碑』、『便々館湖鯉鮒の墓』、『鐘樓堂』、『木造地蔵菩薩坐像』、『木造十一面観音坐像』、『阿弥陀三尊来迎図』、『法然上人画像』があります。




新宿区登録史跡
 牛込城跡 
     昭和60年(1985)12月6日登録

 光照寺一帯は、戦国時代にこの地域の領主であった牛込氏の居城があったところである。
 塀や城門、城館など城内の構造については記録がなく、詳細は不明であるが、住居を主体とした館であったと推定される。
 牛込氏は、赤城山の麓上野国(群馬県)勢多郡大胡の領主大胡氏を祖とする。天文年間(1532~1555)に当主大胡重行が南関東に移り、北条氏の家臣となった。天文24年(1555)重行の子の勝行は、姓を牛込氏と改め、赤坂・桜田・日比谷付近も含め領有したが、天正18年(1590)北条氏滅亡後は徳川家康に従い、牛込城は取壊された。
 現在の光照寺は正保2年(1645)に神田から移転したものである。
 なお、光照寺境内には新宿区登録文化財「諸国旅人供養碑」「便々館湖鯉鮒(べんべんかんこりう)の墓」などがある。
 平成7年(1995)8月 東京都新宿区教育委員会
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