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東京都新宿区の歴史
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所在地 新宿区北新宿3-16-18

 鎧神社
 祭神
日本武命 大己貴命 少彦名命 平将門公
 縁起、氏子地
当社は江戸時代迄、鎧大明神と称し此の辺りの古社として火帯との尊崇を受けて来たが、鎧の社名は日本武命御東征のおり、甲冑六具の内を此の地に蔵めた事より社名起ると伝えている。天慶3年(940)関東に威を称えていた平将門公、下総猿島に亡びし時、土俗の公を追慕して天暦(947)の始め、将門公の鎧も亦此所に埋めたという。別説によれば将門郡残党を追って此地に来た藤原秀郷、重病を得て悩み苦しんだ時、是れ皆将門公の神霊の怒り也と怖れ、薬師如来を本尊とする円照寺々内に公の鎧を埋め、一祠を建てて厚くその霊を弔った所、病い悉く癒えたという。これを聞いた里人達その神威のあらたかなるを畏み、柏木淀橋にかけての産土神、鎮守の社として深く信仰して来たものである。明治初年将門公は朝廷に反したものとして官の干渉で末社に移されたが、大戦後氏子全員の願いで本社に復する。氏子地は北新宿全域と西新宿一部
 平成3年(1991)11月吉日 宮司 新井義也 記











  江戸時代までh鎧大明神と称し、柏木村の古社といて村人の尊崇をうけてきた。平将門の陣営跡ともいわれ、狛犬型庚申塔は区指定文化財となっている。社内には保育園が建てられ、幼児の明るい声にみちあふれている。

 鎧神社摂末社の天神社には『狛犬型庚申塔』があります。
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