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東京都新宿区の歴史
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所在地 新宿区新宿6-21-1



 安貞2年(1228)に明恵上人(みょうえしょうにん1173~1232)が創建したと伝えられ、社殿が西を向いているため西向天神と呼ばれました。また棗(なつめ)の天神とも呼ばれます。『江戸名所図会』ではその由来を不明としていますが、一説に三代将軍家光が鷹狩りの際に立ち寄り、境内が荒れている様を見て、黄金の棗を下されたからといわれています。



 天正年間(1573~1592)に兵火を受け焼失しましたが、村人により祠(ほこら)が建てられ、その後、聖護院宮道晃法観王(しょうごいんのみやどうこうほっしんのう)が江戸に下った際に、元信(げんしん)という僧侶に命じ社殿などが再建されました。天保13年(1842)には富士塚が築かれ、現在でも境内に残っています。



 別当寺(べっとうじ)であった梅松山大聖院(ばいしょうざんだいしょういん)は、神社の北側にあります。江戸時代には聖護院宮を開基とする門跡寺院で、本山修験派の江戸の拠点となっていました。


  富士塚

 境内には、太田道灌山吹の里伝説に登場する紅皿の墓と伝えられる板碑があり、寺の前の狭い石段を山吹坂と呼んでいます。







 新宿の女歌碑

   新宿の女

  作詞・作曲  石坂まさを
  共作詞        みずの稔
  歌唱      藤圭子

私が男に なれたなら 
私は女を 捨てないわ
ネオンくらしの蝶々には 
やさしい言葉が しみたのよ
バカだな バカだな 
だまされちゃって
夜が冷たい 新宿の女
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