東京都新宿区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 新宿区富久町2-12 (善慶寺) 新宿区指定史跡 平秩東作墓へづつとうさく 平成2年(1990)6月1日指定 新宿で生れ育った江戸時代中期の狂歌師平秩東作は、本名を立松懐之、号を東蒙(のちに嘉穂)といい、享保11年(1726)内藤新宿に生れた。 生家は馬宿であったが、享保20年(1735)10歳の時に父を失い、幼くして家業に携わり、元文4年(1739)には煙草屋を開業するなど苦労を重ねるが、既にこの頃から狂歌に親しんでいたという。 宝暦12年(1762)頃より内山椿軒門下となり、ここで大田南畝と知りあい、以後狂歌や戯文学の興隆に尽力した。 寛政元年(1789)享年64歳で没した。 この墓は、東作が両親のために建立したもので、裏面の墓碑銘は東作の撰によるもんである。墓石は高さ98センチである。 平成3年(1991)1月 東京都新宿区教育委員会 PR |
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永山
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男性
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